#73 知られざる学生時代からTaiTanになるまで
- Update:
- 2025.12.01
TaiTan ラッパー


- Update:
- 2025.12.01
1993年生まれ。「Dos Monos」のラッパー。クリエイティブディレクターとしても活動し、¥0の雑誌「magazineⅱ」やテレビ東京停波帯ジャック番組「蓋」、音を出さなければ全商品盗めるショップ「盗」、Shureとのスニーカー「IGNITE the Podcasters」のほか、ロッテのウェルネスブランド「THE DAY」なども手がける。ポッドキャスト番組「奇奇怪怪」やTBSラジオ「脳盗」ではパーソナリティもつとめる。
イナズマフラッシュの収録レポートをお届けする本ページ。
今回は番組9人目のゲストとして、ラッパーでクリエイティブディレクターのTaiTanさんをお招きして録音された、#73収録の様子をご紹介します。

実は知り合ってから長いというお二人の出会いは約8年前、TaiTanさんがまだ会社員だった時代に遡ります。新社会人として勤務していた際に、クライアントであった林さんの会社との会議の場で一度お会いしていたそうです。
TaiTanさんは当時、本名の「飯塚さん」として働いており、出会った後もFacebookで繋がっていたものの、林さんは現在の「金髪モヒカンに色のついたメガネのTaiTanさん」と、当時の「サラリーマン然としていた飯塚さん」が、すぐには同一人物だと認識できなかったと言います。
蓮見さん回でも話題にあがったTaiTanさん。東京のクリエイティブな場所には必ずTaiTanさんが居る、という噂が広がるほどの現在の活躍に至るまでを掘り下げていきます。

中高一貫の学校に通っていたことで、中学入学から大学受験を意識する高校2年生くらいまでの期間を自由に過ごしたTaiTanさん。その時期に音楽、映画、漫画、ラジオといったカルチャーにどっぷりとハマっていきます。
特にラジオ番組『月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』には衝撃を受けたと言い、伊集院さんがただ「さわらを釣った」という話だけで50分間喋り続けた回を聞いた際は、ラジオの前で身動きが取れなくなるほど打ちのめされたそうです。人生の中でも大切な出会いだったそうで、あえて聞き直すことなく置いているほどの体験に。
お話はかつてのラジオが持っていた刹那性についても広がっていきます。聴き逃したら二度と聞けない「秘密の花園感」こそがラジオを神聖なものにしていたのに対し、現在は切り抜かれてニュースにもなる、ある種の「記者会見の場」のようになってしまったという印象もあり、ラジオが持っていた魅力と置かれている状況についても語られました。

ラッパーとしての活動と並行し、クリエイティブディレクターとしても多くのプロジェクトを手掛けているTaiTanさん。スタジオにも置かれている、ロッテの新しい水「THE DAY」について、その開発秘話が語られました。
「水を作る仕事ってめちゃくちゃ怖い」とTaiTanさんが言うように、飲料市場、特に水というカテゴリでの新規ブランディングはかなりの難易度に思えます。ここでTaiTanさんが注目したのは、ハレの場におけるノンアルコール飲料の課題でした。
ラベルレスのペットボトルでは、お酒を飲む人たちと比べてどうしても疎外感が生まれます。そこで、缶の500mlという珍しいサイズに、リッチなデザインで存在感を出し、飲んでいるだけで話しかけてもらえるようなプロダクトを開発。
ドンキホーテで先行販売するというユニークな戦略も含め、TaiTanさんが持つ課題発見能力と、それを解決する企画力が遺憾無く発揮された、非常に納得感のあるエピソードでした。

大学2年生の頃からラップを始めることになったTaiTanさんはDos Monosを結成。精力的な活動が実を結び、大学在学中には国内最大級の音楽フェス『SUMMER SONIC』のルーキー枠に出演するという輝かしい実績も持っています。「これいけんじゃね」と夢を見たものの、現実は金銭的な負担が重くのしかかります。
その結果、TaiTanさんは音楽活動と並行して就職という道へ。当時、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんなど、会社員と音楽活動を両立する先輩クリエイターの姿も参考にしつつ、「お金がないせいで表現の純度が狭まる」ことを避けるため、あえて安定した収入源を持つという選択は、その後のキャリアにおいて重要な意味を持つことになっていきます。
約3年間サラリーマンとして働きながら、チャレンジングな音楽活動を続けたTaiTanさん。その間、Podcast『奇奇怪怪』(当時『奇奇怪怪明解事典』)をスタートし、Spotifyとの契約を締結。また、自身の楽曲のMV制作を元テレビ東京ディレクターの上出遼平さんに依頼したことから発展した、テレビ東京の深夜「停波帯」(放送休止時間)をジャックする企画『蓋』を手掛けることに。
このプロジェクトで、企画立案からスポンサー集め、座組作りまで全てを自ら行い、大きな反響を得たことに強烈な手応えを感じ、「これに人生を賭けたい」と強く感じたことが、独立への最後の一押しになったと語ります。仕事での経験や安定した収入が、チャレンジングな活動を後押しする形になり、TaiTanさんのキャリアを作っていったのかもしれません。
次回はTaiTanさんの仕事やPodcastにおける戦略を中心に、IPの価値を語る30分をお届けします。
ぜひ番組とこのホームページでお楽しみください。